意識なき偏見 心に潜む差別

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意識なき偏見 心に潜む差別

20年前、2001年6月大阪教育大付属池田小学校事件 (1、2年生8人が殺され、児童・教員15人が重軽傷を負った)で本欄(コラム『斜めから見れば』、のちに『遮眼帯を外せ』に改題)は同年7月、「気違い沙汰やないか」と断じた。

 だが今回(2021年12月)、西梅田の診療所で起きた放火殺人事件(12月30日時点で被害者25人死亡、容疑者1人も死亡)ではこの言葉を遣う気持ちになれない。

 犯行の現場が「心療内科」で、容疑者も被害者も診療所への通院する患者であり、医師とスタッフも被害者である。こう書けば仔細に説明するまでもなく、多くの人が「なるほど」と納得するだろう。

 この「なるほど」が怖い。多くの人の心に共通する意識が「なるほど」のベースにある。容疑者の死亡を発表した大阪府警は「知人への聞き込みや、現場で押収した資料を精査するなどして、動機を解明していく」と説明したが、新聞・TVは挙って「真相解明が困難になる」と口を揃えた。ここにも「なるほど」が働いている。

 拡大自殺という言葉がある。十分に練れた概念ではないようだが、<無関係である者を殺害した後に自殺した場合>との説明には違和感を覚える。飛び降り自殺に巻き込まれた被害者とは異なり、この事件は加害者と被害者の間に明確な関係があったからこそ大量の犠牲が生じたのである。自殺の意思はともかく、容疑者には他者に対する強い殺意があった。その対象が医療のスタッフなのか患者なのかは分からないが、予兆と痕跡は必ずあるはずだ。

 動機が明らかになれば、誰かの名誉が傷付いたり、具合の悪い事実が明るみに出たりする。予兆から実行までの間に未然防止の機会があったかもしれない。

 実際、隙間をふさぐ目張りテープや消火栓の扉への細工がなど、不審に気付いた院長が警察に出向いたという話があった。曽根崎警察は管轄違いで天満署に回したとか、捜査一課が曽根崎署の防犯ビデオを回収したとか、種々の情報について警察はウラを取らせないとも伝わる。果たして、これらはネット上のフェイクなのか?

 「なるほど」は「気違い者は何をするか分からない」という、人の心の奥底に潜む共通の観念がなせる業ではないか。無意識の差別とも言える。そうと知ったうえで、都合の良い情報だけを垂れ流し、微妙な情報を握り潰して幕引きを図るのであれば、それは卑劣極まりない情報操作であろう。(醒)

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