2011年の大晦日 【コラム】

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2011年の大晦日、オウム真理教事件で特別手配されていた平田信(46)が警察に出頭した。だが、しかし、その顛末は多くの人が知る通りのオソマツ。おまけに、留学仲間の女性2人を殺した台湾人の男には、逮捕しながら自殺されてしまうし、広島刑務所からは、凶悪な中国人受刑者が脱走するし……。
 「勘弁してよ、モオ~ッ!」という声が聞こえてくる(ような気がする)。国民の声ではない。悲鳴の主は、お巡りさんだったり、刑務官だったり。「ボクたち、好きでこんな仕事やってないですよ~ッ」とも聞こえる。ならば、辞めてもらって結構なんですけど、だ。
 思えば、去年の11月、「オウムの全裁判終結、13人の死刑が確定」といった見出しの記事を見た覚えがある。被害者の遺族や関係者を除けば、「ようやくこれで、忘れられる」と思った人もいただろうし、「ここで忘れられたらメシの食い上げ」と頑張った役所もあった。警視庁の門番に立っていた機動隊員などは最たるもの。オウムが騒がれた1995年の記憶があるのかどうかも怪しい。同じ年の阪神大震災を、東日本大震災に触発されて思い出してくれたのだろうか。
 あまりエラそうなことを言ってはなるまい。「北の将軍様が逝って、まだ一ト月も……だけど、ようやく正月だワ」と決め込んでいた新聞記者連中も危なっかしいものだ。オウムは東京のドジだと思っていたのに、大阪やら奈良やらを聞き込みに走らされるワ、寒さに震えながら広島や、日本海側の警戒に駆り出されるワ。
 その、オウム。2人残った特別手配の一人、菊地直子(40)が大阪市城東区の小学校を出て大阪教育大附属(天王寺)に進んだ秀才であることをご存知か。イヤ、こちらも、その菊地と机を並べて勉強したことがあるという人物から聞かされたまでのこと。
 「そしたら、オマエ、菊地を匿うとらへんかと、官が追わえて来よんやないか?」と尋ねたら、「とんでもない。彼女は賢いから逃げ切りますよ」とスッパリ。「逃げ切るちゅうて、いつまで逃げたらセーフなんや?」と問うてみて、初めて気付いた。菊池って、いったい何をした娘やったかな?ちょっとやそっと新聞をひっくり返してみても、分からなかった。
 アトピー性の皮膚炎かなと思わせる手配写真の風貌は記憶にあっても、ついさっきすれ違っていても、気付かない。奈良県警みたいに、高橋克也(53)と2人並べて等身大のパネルをこれ見よがしに置いてくれても、多分、アカンだろうな。
 年の初めから喧しいことしきりだが、今年一年、なんとか無事に乗り切りたいと願うほかありませんな。(醒)

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