吉村昭著「戦艦武蔵」を新潮文庫で読んだ 【コラム】

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 吉村昭著「戦艦武蔵」を新潮文庫で読んだ。昭和41年の作品で、46年に文庫化されて74刷。45年も前の作品を何で今更、自分でも分からない。
 坂また坂の長崎の町を9月初めに徘徊し、暑さと深酒で疲労困憊して大阪に帰ったばかりに狭心症の疑いありと診断されてタバコを止めた。潔いのも3度目なら当然。尤もらしい戒めに囚われるのが嫌なだけで吸っていたのだから、吸わないことには何の躊躇いもない。それと同じくらいに意味もなく手にした本に、大江能楽堂へ向かう京阪電車の往路(復路は酩酊)と、済州島を往復する機内でと、僅かな時間に集中した。
 武蔵を建造したのは長崎の三菱だと、読んで初めて知った。大波止から伊王島の温泉へ、湾内クルーズ往復付き980円を体験したばかりで、左右に並ぶ造船所の巨大クレーンと山肌にへばりつく家々の様子を具に見たばかりだから、話は手に取るように面白い。
 上り下りに往生した坂道の家の、どの一軒からも見えないように棕櫚の簾で囲ったと書いてあるのが想像力を掻き立てる。どう考えても無理な話だよなと思いつつ読み進み、無用の用こそあれ、何らの効用も発揮し得なかった長物の悲惨な最期と、それに殉じた人々の哀れな死に様をさもありなんと観じて読み終えた。
 長い枕を並べて話をどこへ運ぶのか、その見当を裏切るのが書き手の愉しみ。成否はもう少し先に分かる。一冊読了まで1週間足らずだったが、人間はその間に途方もなく体験を重ねる。その体験が、話の味付けに思いがけないバリエーションを与える。
 黒光りした能舞台は意外と明るく、僅かな照明ながら、演者の姿を鏡のように映し出す。それが、在日3世が唸るパンソリの声と長鼓の音を伴奏にした韓国伝統舞踊だとは、不覚にも初めての体験。
 漢拏山が無数に造った小洞窟に潜んだ島民が、数万人の規模で虐殺された四三事件の歴史を知ってか知らずか、世界遺産の巨大洞窟を歩く中国、韓国、日本人の群れ。その中の一人となって改めて見る火山島の岩の黒さ。
 果たして、無用の長物とは、過去の体験が描き出す理想であり、その幻影だった。不沈戦艦、不沈空母、世に比ぶべくもないバベルの塔、世界最大の発行部数と販売組織……。それが何だ?
 後になれば誰もが分かる簡単な話でも、幻影に生きる人間には、決して見て取ることができないのだ。(醒)

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