偶々のことだが 【コラム】

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偶々のことだが、内田百閒の「阿房列車」を読んだ。「阿房」は「アボウ」ではなく「アホウ」と読む。「アホウ」は「阿呆」であって、「阿波」でも「房州」でもなく、「安房」でもない。実にアホウな話の徒然である。
 目的を置いての旅ではなく、何の用もなく汽車に乗りたいがための旅行であり、まあ、一種の旅行記である。読者に読ませよう、呼んで貰おうとの目的があったか否かは、最早、問い質すことはできない。
 「百閒」。遠い昔の義務教育のころに、国語授業の文学史で、確かにその名を目にしたような気がするから、教育とは大したものだ。
「百聞は一見に如かず」ではなく、「ヒャッケン」だ。この人、夏目漱石の弟子であり、芥川龍之介と同輩であるなどと、今も書店に並ぶ文庫本の裏表紙や解説にあるから、興味があるなら、騙されたつもりで読んでみたらいい。
 その一節、「第二阿房列車」の「春光山陽特別阿房列車」の一くだりが面白い。この列車は、京都発博多着の特別急行列車のこと。昭和28年のことのようだ。その処女運行に招待された百閒先生の御託である。
 処女××など、昨今は禁句の筆頭だろう。タブーを認めて従うなどは、長いものに巻かれて自縛に堕する極みだと思うが、それが本旨ではない。だから、太平洋戦争終結後、敗戦後間もなくのアナーキーな自由を羨むとも言わない。
 少し長いが、御託を引用する。
――(岡山を過ぎて広島に着くまでの)その間にいろいろ新聞や放送局のインタヴィウを受けた。覚悟の上だからお相手はしたが、聞いた方も丸で意味がなかったのではないかと思う。お役に立つ様な受け答えが出来る筈はないのだから、止むを得ない。
 その中の一人は(中略)私に寄り添うようにして尋ねた。
「大阪から乗られましたか」「いや京都から」
「いかがです」「何が」
「沿線の風景に就いて、感想を話して下さい」「景色の感想と云うと、どういう事を話すのだろう」
「いいとか、悪いとか」「いいね」
「しかしですね、今、日本は戦争か平和か、国会は解散と云うこう云うときに、この様な列車を走らせる事に就いては、ど思われますか」「そんな事の関連で考えた事がないから、解らないね」
「更(あらた)めて考えて見て下さい」「更めて考えたくない」
「国鉄のサアヴィスに就いては、どうですか」「サアヴィスとは、どう云う意味でそんな事を聞くのです」
「車内のサアヴィスです」「それは君、今日は普通の乗客でないのだから、いいさ」
「サアヴィスはいいですか、いいと思われますか」「よくても、いいのが当たり前なんだ。よばれて来たお客様なのだから」
「広島へ行かれましたか」「行った」
「いつです」「最近は一昨年」
「原爆塔を見られましたか」「見た」
「その感想を話してください」「僕は感想を持っていない」
「なぜです」「あれを見たら、そんな気になったからさ」
「その理由を話してください」「そう云う分析がしたくないのだ。一昨年広島へ来た時の紀行文は書いたけれど、あの塔に就いては、一言半句も触れなかった。触れてやるまいと思っているから、触れなかった」
「解りませんな」「もういいでしょう」
 漸く隣席から起ち上がった。「お忙しいところを済みませんでした」と云って向こうへ行った――。
 と、こうである。一連の描写のあと、「僕はちっとも忙しくなかった。おかしな事を云いますね」と周囲の人にに同意を求めるかのような一言に、「口癖なんですね、お疲れのところを、と云うべきだったな」の返しを加えて結んでいる。
 この話で、客観的事実を確認できるとしたら、先生が言うその日、山陽線にその特急が初めて走ったことだけだ。箱乗りの記者とのやりとりは先生の主観に負うところが多く、客観的に評価すべき事実とは言い難い。こんなやりとりを調書にして法廷に出しても、採用されるかどうか心許ない。
 とはいえ、先生に挑んだ記者のありようには、迫真のリアリティがある。もっと正直に言えば、50年余を隔てても、記者の姿に成長がないと言うべきか。つい最近の話だと言われても頷いてしまえるところが面白かった。
 所謂、著名人の談話取りは、昔も今も相変わらずの迎合取材だ、ここで言う迎合取材とは、記者の立場から見て相手に擦り寄る迎合ではなく、「広島の原爆塔」という抗いがたい観念の偶像に、相手の著名人、有識者を迎合させるという意味である。
 先生の御託には、いま少しの余談がある。列車が博多駅に着いてからのこと。
――挨拶の為に駅長室へ這入ったが、人人が右往左往して、だれに何を挨拶すると云う方針も立たない。いいから行ってしまおうと思う。そこへ新聞記者が来て、これこれの者だが、感想を云えと云う。感想はないと云っても、それでは承知しない。なんと受け答えをしたか忘れたが、要するにその場を逃れる為の口から出まかせを二言三言弁じて、それでいい事にして貰って、さあ出かけようと思う。
(中略。出たくもなかった晩餐会に出て、今夜のお酒に邪魔すると思いつつ)仕様がないなと、と云おうとしているところへボイ(ボーイ)が来て、新聞社がそこで待っていると云う。そんな筈はない。このホテルへ来た事は誰も知らない。
 しかし現にそこにいるらしい。ボイの後から顔を出したのを見ると、さっきの駅長室の記者である。おま写真班も来ている。(中略)ここ迄来るとは驚いたね。どうしろと云うのだと尋ねた。
 社へ帰ったら怒られたのです。もう一ぺん行って要領を得て来いと云われたので着ました。少し話して下さい。
 写真を写して、それから二言三言その記者と話をした。その後は、僕は君が何と書いても文句を云わないから、僕が行ったと云う事にして構わないから、そっちで書いてくれたまえと云った(後略)――
 こうまで書かれてしまうと、身につまされて青くなる諸君も多いのではないか。デスクも予ねては辿った道。「こんな話もよう纏めんのか?」と、考課に響くこと間違いなしの叱咤を受ければ、同じ相手に二度三度、拝み倒してでも形にせずばなるまい。「これが日本の記者教育の限界だ」と言うのは容易いが、世界と比較するサンプルが少ないだけで、及ばずとせざるを得ない。まあ、比べるまでもなく自省したほうがよい。
 「このホテルへ来た事は誰も知らない」と先生は仰るが、どうということもない。先生が甘いだけで、記者が凄いわけはない。ホテルの数は比べようもなく増えただろうが、公式行事の場を探し当てるなんぞは屁でもない。相手からすれば、それも立派なお仕事で、報酬を得られる労働として成立しているらしいことに驚いているだけだ。
 結果からすれば(その記者が書いた記事や写真を見たわけではないが)、デスクがボツにはしない程度の体裁にはなったことだろう。果たして記者は、記事で賃金を得たのか、拘束時間の対価として金銭を得たのか。そう悩んだか、割り切ったかは不明だが、稼業のうちにはそんな過程があっただろう。
 「好きに書いてよろしい。文句は言わない」なんて、最近では考古学の森浩一先生か、評論家で死んだ森毅先生くらいか。記者にとっては便利至極で、ご当人はサービスの心算だろうが、記者にとっては反ってストレスが高じたのではないだろうか。命題への迎合がそうさせるのだ。
 長い前置きになったが、本論は簡潔にしたい。「新聞大阪」電子版は調査報道を目指すという。タブーに縛られず、命題に迎合せず、調べ上げた事実だけをストレートに伝えてほしい。判断して評価を下すのは読者だ。ひとの道を外すのはよろしくないが、「かくあらねばならない」は無用だ。今後の展開に期待したい。(醒)

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