巷では、といっても 【コラム】

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 巷では、といってもガード下の呑み屋ではあるが、最早、「オザワ」一色だった。
 客が一波、二波入れ替わって、あろうことかオバちゃん二人組みがカウンターの端っこに陣取った。当たり前に世間話を始めるのだが、男連中とは話題が違う。女二人のボソボソ声に苛立ったのか、隣のハゲ頭が水を向ける。「ところで、やっぱり、カンですか?オザワですか?」「そんなもん、オザワやんか」「やっぱりそう!そうなんや、オバちゃん」「いいえ、お嬢さんです」「あ、失礼、失礼。お嬢さんでもそうなんですね」「もちろん」
 カウンターの外と内が一つの話題で他愛なく盛り上がる。居酒屋の面目躍如。矛先はカンの扱き下ろしに収斂した。「器やないって、奥さんかて言うてはるやんか」「あんなん、総理になりたいだけが目的で、なって何をするちゅうモン、一つもあらへん」。見事に一刀両断。
 「オザワになっても長持ちはしまへんで」「エエねん、それでも。なんか一つは成し遂げるやろ。官僚の使い方、知ってはるもん。あの人は」「そら、まあ、そうやなあ」。
 今ひとつ、スカッと納得ではないが、むくつけき男の強引な押さえ込みにジュンとくるお嬢さん方に圧倒された一夜だった。「そら、そやな」となったところで丁度、看板。「おおきに、またね」
 これが現実なのだ。長い理屈や講釈はテレビで飽きるほど見せられ、聞かされ、新聞なんて読むまでもないらしい。世間はすっかり、ワケ知りオバちゃんが席巻してしまった。
 日本は不幸なのか。一年ごとに首相が代わるのが当たり前、をアッという間に通り越し、年に二度、三度と交替する。それでいて、差し迫った危機感はどこにもない。こんな幸せな国がどこにある。噫、何をか言わんや。(醒)

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