首相・鳩山の珍言・迷言に 【コラム】

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首相・鳩山の珍言・迷言にほとほと呆れ果てた。「友愛」などと言っていたころは、汚濁・自民に終止符を打った初々しさかと聞き流せたが、ここにきて、天性の幼稚さと知った。付き合いきれない。
 喧しい報道の中、新聞紙面にこんな識者コメントがあった。幹事長・小沢に対する検察の攻勢をみて、鳩山が「闘って下さい」、「起訴されないことを望みたい」と述べ、前言撤回を已む無しの段である。
 「麻生(の失言)は無教養によるが、鳩山は多少ぶっきらぼう」だと。
 この評者に、鳩山擁護のスタンスがいささか見え隠れして同感しないが、一国の首相、総理大臣を論うて、「無教養」や「幼稚」がためらいもなく受け容れられる。何じゃ、コレは!
 「ワ~イ、叱られよった」と、どこかで麻生さんがザマミロ顔ではしゃいでいるのではなかろうか。
 「ま、そんな国なのさ。日本は」と卑下、悲観すべきところだが、ブッシュやオバマにも一脈通じるものがある。
「ま、そんなモノさ。世の中なんて」と言い換えてもよさそうだ。実に疲れる。
     ◇
 夥しい報道もまた、納得できない。小沢マネーの原資は何じゃろかと、突付き回して出てきた中に、「胆沢ダム受注の謝礼」があった。これが、さも当然の既成事実のように扱われ、何らの食い下がりもない。誰が、だれに、何の謝礼を贈ったのか?文字と言葉で説明してはいるが、そこに怒りのヒトカケラもない。「恐らく、そうに違いない」「きっと、そうだ」でお終いなのだ。
 受け取った後の処理の仕方や計算違いを、国民は問うてはいない。
「そんなお金がどうして貰えたの?」
「何かしてあげたの?何もしてないって?」
「なら僕も、何もしてないよ。そしたら僕にもお金を頂戴」――そのくらいは、言ってもいいではないの。だって、貰えない僕は怒っているんだから。
 庶民の、そんな憤懣を、源泉にまで遡って晴らしてくれるのが報道の役割ではないか。
地検の動きは国策だとか、国策の主は鳩山だろうがとか、やれ官僚の暴走だ、指揮権発動だなどと、茶番の記録を克明に伝えるだけが能ではなかろう。だから、「オ~マ~エ~ハ~ア~ホ~カ~」と、あのノコギリ芸が何時までたっても人気を博す。
     ◇
 ところで今度は何事かいな。ん、またもやマニフェスト?
 そういえば、「マニフェスト」なる言葉を始めて使ったのは、産業廃棄物の流れを調べたときだった。ゴミを排出した者が、誰に頼んでどこへ運んで、どう処理したか、それをキチンと管理するために発行する伝票をマニフェスト(管理票)といった。そいつが何時の間にやら選挙用の口約束という意味で使われだしたのだが、考えてみれば、口約束の戯言も、産業廃棄物も出しっ放しではいかんわな。どの口から吐き出され、どこでどう処理されたか、キチンと管理せんといかん。そこに誤魔化しを挟めば、しっかり血税を盗み取れる。なるほど、よく似たものだ。

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