オバマのセレモニーを見ようと 【コラム】

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 オバマのセレモニーを見ようと、午前2時過ぎまで頑張った。パレードも見たかったが、徹夜の気力も体力もない。就任演説が始まり、額に穴が開く事態はないと見限った。
 ダラスでのパレード。オープンカー上の惨劇を、不鮮明な白黒画面で見たように思う。そのころの記憶は、リング上で舞うクレイの姿や、「初の日米同時中継」というフレーズが入り混じり、今となっては不鮮明だ。
 あれから45年。同様のシーンを危惧したが、それを見る目はもはや小学生とは違う。弾は、厳重な警備の壁の、外からも内からも飛んでくる。
 60年足らず前、「地元のレストランで、(白人と同様の)サービスを受けられなかった」父親の境遇に、演説は触れた。アメリカはそんな国だ。
 肌が黒い人々の姿は、スポーツや映画だけでなく、あらゆる分野に違和感なく登場する。日本の街角でもそうだ。にもかかわらず、各国メディアの見出しは「初の黒人大統領(black President)」である。
 「Yes,we can」という単純で明快なフレーズが、今のところ、大統領のひととなりを象徴している。だが、彼を取り巻く環境はそんなに単純ではない。洪水のような報道の中で、ひとつの記事が興味を引いた。
 「優れた考えを持つ、誠実な人物だと思う」(CNN)というカストロの発言。「グアンタナモ収容施設を閉鎖」するオバマの発令といい、ケネディを思い出したことといい、何かが呼応している。
 期せずして、「CIA秘録 上下」(文芸春秋)で、欺瞞と殺戮にまみれた記録を読んだ。「我々は今も、地球上で最も繁栄した強大な国」(オバマ演説)ならではの尊大さからくる愚行と汚辱の詰め合わせ。オバマが背負う重荷のひとつだろうが、それだけではない。
 欺瞞と愚考は、保身と責任逃れが生みだす。人が群れ、組織をなしたところに必ず生まれる病理。天真爛漫な誠実さだけでは抗い難いワナが、大統領の周りに張り巡らされる。ことに大小はあれ、あなたの周りにも同じような落とし穴が、きっと、山のようにある。(醒)

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