参院選の投開票を前に 【コラム】

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 参院選の投開票を前に書いているが、結果がどうあれ、それが民意の反映かどうか、いささか疑問だ。そもそも民意とは何か、がよく分からない。例えば投票率が滅法高く、投票総数の半分以上が名前の欄に「該当者なし」とか「参議院不要」と書いた無効票だったら、これこそ民意だろう。
 自民か民主か、小泉続投か政局かが興味の的で、結果次第の上機嫌、不機嫌面を見届けたいミーハー気分は理解できる。が、だからといって何がどう変わる。政権与党には、公明という摩訶不思議な予防弁があるのだから、どうメンバーを替えようと、国民にとってイイコトは少ない。誰もがそれを知って、ゲームを楽しんでいるのが民意かな。
 とはいえ、出場選手にとっては生死を分かつ大問題に違いない。そこのところを、せめて、メシの種とは言わずにプライドとでも言い換えてほしいものだ。
 そんなことを考えつつ、頭の柔軟体操を一つやってみよう。経済財政・金融相の竹中平蔵氏が比例代表選に出馬したのはご存じの通り。小泉政権の目玉というべき存在で功罪多々。「大臣は議員であるべき」と党内からも毀誉褒貶の数々があり、他の候補に比べれば絶大な知名度がある。
 人物評価はともかくとして、「そりゃ、絶対に当選しまっしゃろ」が大方の反応だが、本人にとってはそう簡単ではないらしい。当選するとしても、何万票を掻き集められるかがステータスにかかわる。有権者の多くは、比例選が拘束名簿方式か非拘束方式かも定かではない。「あの人、名簿順位は何番でしたかな?」といった反応がまかり通るなか、「自民党」ではなく「竹中平蔵」と書いてもらわない限り、何の値打ちもない。自民票のドント式配分を受けるにしても、自分の名前が少なければ、(拘束方式でいうところの)順位が下がり、配当される票数が少なくなる。
 さて、議員になれば、小泉政権が壊滅しても議員は議員、政治家でおれる。大臣の座を失うだけなら、学者に戻ればいいだけだ。だが、しかし、長く政権にいた人物を迎えるポストが大学にあるか。我こそ一番と蹴落としあう学会が、快く迎えてくれるかどうか、余人には知れぬ難問らしい。
 ならば議員で、となっても、事務所も地盤も後援会もない。大臣の時に付いていた秘書もいない。政治家としての基盤をイチから作らなければならないはず。
 すそ野からよじ登る政治家修業に明け暮れる人々からみれば「贅沢抜かすな」の一言だろうが、どのみち、海千山千の夜盗の群れが出没するケモノ道に迷い込んだお公家さまだ。学者大臣の行く末がどうなるか、これを見届けるのも一つの楽しみ方かしら。  (醒)

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