大阪市長選の火蓋が、思いのほか早く 【コラム】

NO IMAGE
 大阪市長選の火蓋が、思いのほか早く、切り落とされた。明確な後継指名がなかったため(したからといって、ご希望通りにはいくまいが)、取り沙汰されるのは老助役の名前ばかり。ため息をつくのは、大阪市民ばかりではない。
 磯村市長が「三選不出馬」を明かしたのより一月早い七月半ば、「塩爺が(磯村の後釜にと)アンドウ詣でをしとる」との噂が流れたが、この話は八月末にようやく表面化した。建築家の安藤忠雄氏が塩川財務相のお願いをすげなく断ったとかで、まずはメデタシとしておこう。お笑いタレントの上岡竜太郎に声を掛けた市民団体もあったそうだが、何をかいわんや。
 助役ばかりが後を継ぐ大阪市長選の悪弊は四十年も続いている。「地下に巣食う市労連、五階に居座る市長室、八階にのさばる議会の談合だ」と言われているのは知る人ぞ知る。互いの利権を尊重し、外部からの口出しを拒み通すのが大阪市の体質だ。だが、待て。今更、田舎オヤジじみたパワーゲームに一喜一憂している場合か。
 「今、大阪に必要なリーダー像は」と問われた時、あなたならどう答える?
 難しく考えることはない。小賢しい理屈を捻くることもない。例えば、「日産における、カルロス・ゴーン」ならどうだ。
 倒産会社同然で、指折り数えて追い付かない第3セクターは支離滅裂な赤字の山。見るべき改善策も示さず、わが身の痛みはまっぴら御免、銀行さんは借金を棒引きにしてくれと、ふんぞり返っているのが現実の姿。そんな磯村さんの元にいて、安穏と過ごしてきた人々に、何が期待できようか。ここはもう、思い切った外科手術のできる人材がなくてはならない。
 さて、再生した大阪の姿をどう思い描くか?
 明治や大正、戦後の大阪にノスタルジーを抱いていては時代遅れ。東京に対置した大阪、なんてのは過去の枠組み。もっとダイナミックに考えてほしい。
 例えば、市町村合併や道州制などのちっぽけな考えを改めて、いつでも、すぐにでも、東京と取って代われる「大阪都」はどうだろう。そんなゴッツイ絵図面を広げて見せて、小泉改革も霞んで見えるような力強い政策を、ズバッ、ズバッと断行するリーダーよ出でよ。寝惚けた夢ではないように思うのだが。(醒)

コラムカテゴリの最新記事