聖徳太子がいなかったことは 【コラム】

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「聖徳太子がいなかったことは、とっくに学会の常識となっている」と矢沢永一が書いているのを新潮選書で読んだ。「いなかった」は説として頷けるが、「常識となっ」たのは何時のことか。財布の中に彼の肖像を見なくなったのは、そのためだろうか。色々との書物を見渡したてはみたが、それらしい書きぶりはどこにもない。常識が常識として世間一般に通用しないことは多々ある。これもまたその一例なのかと、首を傾げたわけだ。
 しかし、そう易々と納得するのは、悔しいではないか。中学生の教科書に「皇太子親肇作」の十七条憲法の一部が引いてあった。「一に日く、和をもって貴しとなし、さからうことなきを宗となせ」。日本書紀では、この後に「人皆有党。亦少達者」と続く。「人の世には党があるものだが、さとれる者は少ない」と。
 偽の電子メールでミソをつけた政党の、後釜に据える代表選びがあった日のことで、思わず含み笑いをしてしまった。
 書紀には全文が載っている。「四曰。群卿百寮、以禮爲本」「五曰。絶餮棄欲、明辨訴訟」「七曰。人各有任。掌宜不濫」「八曰。群卿百寮。早朝晏退」「十曰。絶忿棄瞋。不怒人違」「十三曰。諸任官者。同知職掌」「十四曰。群臣百寮。無有嫉妬」「十七曰。夫事不可獨斷」などなどと。いやはや、字面をたどるだけでも何とはなしにイメージが浮かぶ。その意味を知れば、より明快だ。
 「上に礼がなければ下は整わない」「貪りを絶ち、欲を捨てよ」と利権と汚職にまみれた役人天国を指し示し、「職掌を弁え知り抜いて職務に精励すべし」と唱え、「妬み嫉み」と「独りよがりの愚」を戒める。
 恐らくは漢字の国の先哲百賢が書き記した典籍に拠り、その上に今様の叡智を書き加えたのであろうが、まさに、公務、政務にたずさわる者への要諦そのもの。何時の世にも通じる憲法ではないか。
 聖徳太子が実在したか否かはともかく、このような十七条が古くに書き残されていたことは紛れもない事実。人の営みに大した進歩がないことを諦観すれば、あえて驚くほどのことではないが、この憲法の精神が等閑にされ続けてきたことの方が、嘆かわしいではないか。      (醒)

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